日本の文化 (にっぽんのぶんか、にほんのぶんか)
本項では日本の文化全般について、幅広く過去から現在への事象を取り上げ、概要の説明やリンクを示す。
ステンレス トマホーク バスク ダンプカー スポード プラーク スタミナ メード オーダー ケーブル 浮き桟 ミシガン マイカ トレビ レーン ベニトアイト リップ シェフ コムサット スプラ チオノ タイト サフー ナウシカ パラレル マッカー しらさぎ ミュージア カフェオ バート ベリー レガシー きくすい ジェジェ ダイオプ チャツ フレンチキ ソフト トラコーマ アンデス スエズ 五節の舞姫 ギョーザ ステミン イバル オード ラップ ローマ フェルミ ヘマタ
分類については、まだ発展・整理の途上であり、正式なものではない。日本発祥のもの以外でも、日本に深く根付いているものはこの記事に含まれる。
なお、日本の文化に関係する人物(文化人)は、原則として記述しない.
文化という言葉は、芸術や学問など人間が生み出した高い達成度を持つもの(ハイカルチャー)を指すとともに、人間の社会が長年にわたって形成してきた慣習や振舞いの体系を指す。後者の意味では衣、食、住などの日常生活全般に関わる慣習や、芸能、道徳、宗教から政治、経済といった社会構造まで、その範疇は非常に幅広い。日本の文化も単純にひとくくりにできるものではなく、様々な要素を含んでおり、古代から中世にいたっては中国を中心としたアジアの近隣諸国、そして明治以降の近~現代では欧米からの影響を受け、吸収・取捨選択を繰り返し、様々な手が加えられて独特な展開を遂げている。日本の伝統文化は、神道とその他の宗教を取り込みながら基軸とし、時代とともに変遷してきたが、表面的に大きく変化していても、その中に一貫する極めて日本的な要素や傾向を指摘できる面もある(例:住居が和風の座敷から洋間に変わっても、室内に靴を脱いで上がる点では変わらない)。
日本文化を特徴的に示す概念として、「和(わ)」という言葉がしばしば用いられる(例:和語、和文、和歌、和服、和食、和風旅館など)。「和」は古くから日本を示す言葉で、漢(中国)や洋(西欧)など外国からの事物に対比して使われる。また「大和(やまと)」という言葉が使われる場合もある(例:大和言葉、大和魂、大和撫子、大和絵など)。「大和」は本来、奈良地方を指すが、同時に日本全体を示す古い言葉でもある(この場合、古くは「倭」とも書いた)。古代からこの国において不変と考えられる事象を示して呼ぶことが多い。
宗教と文化史
日本には古くから「神道」というシャーマニズムやアニミズムといった自然崇拝、精霊崇拝である多神教(八百万の神)に基づく宗教文化がある。始まりは古神道や神籬にみられる磐座信仰という原始宗教に近いものであり、沖縄の信仰にその古来の形態を残し、アイヌ文化も同様である。沖縄のユタに代表される巫女文化は、古くは神道の本流であり、アイヌ文化にも顕著に見られ、巫女文化が、その後の女性主体の社会構造で日本独特ともいわれる「おかみさん文化」に繋がったともいわれる。また子宝・子作り信仰とも結びつき女性を「カミ(上)」とし、女主人を「おかみさん」妻を「かみさん」と畏敬を込めて、呼ぶようになった。ただし、神道は他国の多神教では見られない独自の特徴がある。たとえば、道具や言葉、吐息にまで命が宿るという考え方(具体的には、針供養、道具塚や言霊、息吹という表現などにみてとれる。針供養を行う寺は多いが、針を含めた道具に命が宿るとする考えは元々の仏教には、ないとされる)や、侵略してきた敵さえも祀るという考え方(例えば、蒙古塚)などである。中華文明圏では儒教から発展した朱子学という考え方も強くあり「敵は死者でも鞭を打て、恨みは石に刻め」などとするが、日本では「敵であっても死者には鞭を打たず、恨みは水に流す」と正反対である。
また遠くインドを起源とする「仏教・密教」(仏教と密教を別の宗教とする宗教学上の見解も多い)を大陸から受け入れて、独自の仏教・密教文化を定着させてきた。さまざまな伝統や慣習のうちには仏教を起源とするものも多く見られ、神道と相互に影響しあいながら日本の信仰を形作ってきた。他の東アジア諸国と同様に「儒教」(儒教は哲学や思想であるが宗教ではないとする見解もある)や「道教」も受容しているが、その影響は韓国や中国ほどではない。
儒教を直接受容したのは、主に武士や漢学をおさめた町人にとどまるものの、間接的な形で日本の庶民にも影響を及ぼしている。明治維新によって武家の学問としての朱子学は立場を失ったが、宮中の保守的な漢学者の影響によって儒教の忠孝思想が教育勅語などに取り入れられた。
道教は、そのものより陰陽五行や八卦などが奈良時代から平安時代に隆盛を極め、陰陽師の台頭と共に現在もその思想が風俗となって受け継がれているが、儒教と同様に日本独自のものに変化している。具体的な例としては、ちらし寿司の四色や五色の彩などが陰陽五行に基づいている。武道も神道が基軸となり、それに儒教や道教や禅宗などが加わって修練による開眼精神と哲学を持った芸になったといわれる。
ヒンドゥー教自体は日本に伝わってはいないが、仏教・密教に多大な影響を与えているので、日本の仏教や神道においてヒンドゥー教由来の神々が存在し文化的影響がある。このような宗教に基づく価値観は日本の風俗習慣、文化に深く根ざしており、祭礼、伝統芸能、武道、農業、林業、水産業、建築、土木、正月、七五三など、さまざまな場面に影響を及ぼしている。
日本は永らく神道と仏教とを神仏習合(神仏混淆)という形で共存・混合させてきたが、近代になって明治新政府によって再分離され、神道は国家神道とされて軍国主義と一体となり国家覇権の手段ともなった。国家神道の時代には神道は宗教的地位が曖昧であった(政府は「神道は宗教ではない」(神社非宗教論)として国民に敬神の義務を説いた)が、戦後の神社神道は政治と分離され、公式には宗教として今に至っている。
純粋な宗教的価値観の具現化でないとしても、古来からの神道が礎となってその上に仏教・密教や儒教や道教、あるいは「キリスト教」(古くはキリシタン文化)をも含め、さまざまな外来の宗教を混在させながら、今日ある日本の精神や文化の土壌は形成された。神道を主体とする宗教を抜きにして日本の文化や精神の本質は語れないという側面がある。現代世界が抱える諸問題において、このような日本的な宗教的価値観が有効とされる場合もあり、これを方法論としてみた場合、たとえば「里山文化(鎮守の森)」の考え方は環境保全に対し、「大豆文化(倹約、醸造は神事)」の伝統は食糧危機に対し、問題の解決を示唆する可能性もある。
伝統芸能や伝統のスポーツ、あるいは日常生活におけるお辞儀・礼儀作法・食事作法などにおいて、広範に見られる特徴として「型(形)」の尊重という点が挙げられ、日本の美点ともされてきた。これらには儒教道徳の影響や、人と衝突するのを避け和を尊ぶという心性から、無言の内に相手への敬意・配慮の念が込められていることも多い。近年では生活様式の欧米化により「エチケット」や「マナー」などに置き換えられ、これらの日本の伝統的な規範意識の形骸化を憂慮する声もある。
歴史
縄文中期の火焔土器、東京国立博物館蔵
東大寺の大仏
法隆寺金剛力士像
復元された帝国ホテル旧館の玄関部分
太陽の塔
[編集] 原始・古代
遺伝子分析などにより、日本人は朝鮮半島や樺太経由で北方から渡ってきた人々が中心になっていると考えられている。紀元前から大陸や南方から渡ってきた人々が文化をもたらすことはあったと考えられるが、話す言葉や生活などは日本固有の文化が育ってきた。
前漢の時代頃から中国の王朝に積極的に朝貢し初め、先進文化国だった中国の文物を受け入れるようになった。金属器(鏡、刀剣類など)や漢字、仏教などがその代表である。後には遣隋使、遣唐使が派遣され、留学生が先進文化を学び、日本に持ち帰ってきた。また朝鮮半島からの遣日本使を迎え入れ、逆に遣新羅使、遣渤海使を派遣するなど外交的・貿易的なつながりを持っていた。こうして日本固有の文化の上に外来の文化が取り入れられていった。
遣唐使の廃止(894年)後、外国からの影響が日本独自に消化されてゆき、「国風文化」時代を迎えた。貴族の女性の間で漢字からかな文字が生まれ、和歌や日記文学など文芸が盛んになった。芸術の分野でも、法隆寺や唐招提寺の建築には中国などの影響が強く見られたのに対して、宇治平等院では日本人好みの表現になっている。こうした文化様式を和様と呼ぶ。
該当する文化:旧石器文化、縄文文化、弥生文化、古墳文化、飛鳥文化、白鳳文化、天平文化、弘仁・貞観文化、国風文化
中世
古代末から中世に武士が台頭してくると、流鏑馬、犬追物など武士特有の文化が生まれ、合戦をテーマにした軍記物語(平家物語など)も生まれた。彫像も、力強い肉体を持った物へと代わっていった(金剛力士像等はその代表といえる)。都や農村では猿楽や田楽などの舞踊が発達した。平清盛の宋との貿易や、禅宗僧の往来、天竜寺船、勘合貿易など再び中国との交流も盛んになり、唐物が珍重された。室町時代は戦乱の世であったが、東山文化の時代を中心にして、猿楽(能)、茶の湯、書院(書院造)などが発展し、今日「日本的」といわれる文化の多くがこの時代につくられた。
該当する文化:鎌倉文化、室町文化(北山文化・東山文化)
近世
安土桃山時代にヨーロッパの新しい異文化がもたらされた(南蛮文化)。鉄砲が戦闘形式を一変させ、天下統一への道を開いたほか、外来語、天ぷらなど飲食物も伝えられた。イエズス会の宣教師がキリスト教の布教を進めたが、スペイン・ポルトガルの領土的野心(サン=フェリペ号事件ほか)が知られたため、宣教師は追放され、次いで禁教の施策が取られた。江戸幕府は最初外国との友好的な外交を目指したが、危機は拭えず、やがてキリシタン弾圧、そして鎖国の道を選ぶことになる。この時期には、宣教師及び朝鮮出兵で捕虜となった技術者が活版印刷の技術を伝え、刊行本が世に出回り始めた。
政権が安定し、鎖国により外国と隔絶された日本では、平和な時期が長く続き、再び独自の文化が発達した。寺子屋や藩校の普及により読み書き算盤が広く浸透し、幕府奨励の儒学のほかに本草学などの自然科学が育った。庶民の間では演劇(歌舞伎、人形浄瑠璃)や刊行物(浮世草子、読本、浮世絵など)が愛好され、世俗文化が栄えた(プロスポーツとしての相撲である大相撲が始まったのもこの頃)。また日本本来の伝統を捉え直そうという国学も興り、幕末の尊皇攘夷運動の思想的土壌を作った。
鎖国体制の中でも、制限された形で中国・朝鮮との交流は続いていた。西洋との交流は厳しく制限されたものの、長崎の出島を通じてオランダとの交易が行われた。長崎から入ってくる中国文化や西洋文化は知識人の好奇心を刺激し、洋学や蘭学(医学)、漢方医学が発達した。この流れは、幕末に帝国主義時代の欧米の接近に際して対応する力となり、開国の原動力のひとつになった。 桃山文化、寛永文化、元禄文化、天明文化、化政文化
近代
幕末の開国、明治維新を経て、欧米の文物・制度を取り入れ日本の近代化を図ることが国家目標になった。新奇な風俗が次々にもたらされ文明開化の風潮が広まった。政府主導で積極的な西洋文化の導入が図られ、鹿鳴館時代には皮相的に急激な西洋化が図られたが、日本の伝統を見直そうという反動の動きも起こった。「和魂洋才」という言葉もよく使われた。啓蒙的な思想家が封建的な思想や習慣を否定し、西洋の政治制度、文物を紹介し、新聞、雑誌などのメディアや鉄道など交通機関の発達は各地に新しい文化を広め、庶民生活に大きな影響を与えた。しかし、都市部から離れた地域(農村部)では依然として、農業を基盤とした伝統的な行事や生活習慣が続いていた。
大正時代頃には進学率の上昇などを背景に、都市を中心に洋風の文化が次第に浸透し、デパートに代表される消費文化、大衆文化が成立した。アメリカの大衆文化の影響もあって、都市にはカフェーや映画館などの享楽的な文化も広まり、エロ・グロ・ナンセンスが流行した。一方で貧富の格差も増大し、労働争議や社会主義運動が起こるようになる。都市のスラム化も社会問題となった。
昭和初年の大恐慌により経済は疲弊し、農村は荒廃した。国民の期待は軍部に集まり、弱腰であると非難されていた政治家は信頼を失った。やがて日中戦争が始まると、共産主義・社会主義への弾圧が強まり、自由主義も弾圧された。戦意高揚のために日本及び日本民族の優秀さが説かれた。国際的には英米などから批判を受けて、日独伊三国同盟を結んだ。世界から孤立した日本は真珠湾攻撃により太平洋戦争を開戦し、第二次世界大戦に参戦、国家総力戦のため食料や資源が統制された。
太平洋戦争末期には、連合国の海上封鎖と空襲、働き盛りの男性が徴兵されたことによる労働力不足のために、日本は深刻な食糧難と物資不足に見舞われることになる。戦争遂行のため大衆文化や伝統文化も政府に統制された。
近代文化: 文明開化、明治文化、大正文化、昭和文化
現代
ポツダム宣言を受け入れて降伏し、アメリカ合衆国が主体とする連合国軍に占領されると、特権階級、武装及び軍国主義の排除・解体・追放と産業・経済の民主化が進められた。旧植民地からの引き上げや戦地からの復員が進み、日本人は戦後しばらくの間は苦しい生活を強いられた。
戦後はアメリカの近代文化が国民の憧れとなり、高度経済成長により日本は飛躍的な工業化と都市化を遂げる。これに伴い従来の生活習慣は革命的な変化をとげ、伝統的な生活習慣の多くが失われていった。しかし戦後日本はアメリカのコピーではなかった。アメリカの近代的な文化を受け入れながら、独自の日本的な形に消化し、多彩で豊かな食文化、アニメや漫画などをはじめとする新しい日本の文化が生まれた。アメリカに次ぐ経済大国となった日本は自信を回復し、1970年の大阪万博では「人類の進歩と調和」が謳いあげられた。
東アジアを除く諸外国では、近年にいたるまでもっぱら「サムライ」「ゲイシャ」などの一部の伝統的な文物が日本文化として知られていたが、1990年代以降、諸外国にも現代的な日本の大衆文化やサブカルチャーに興味を持つ人々が増えてきた。特にゲームやアニメ、漫画などのコンテンツ分野、食文化は欧米やアジアの都市部に浸透し、それらに関する店や施設(寿司バーや漫画ショップ)ができるまでになってきている。
現代文化: 昭和文化、大衆文化、サブカルチャー
総括
日本文化は有史以来、中国文化圏に属し輸入文化・翻訳文化の側面を持ち、積極的に外国の文化を摂取し、これを在来の文化と融合して日本化することで独自の文化を形成してきた。しかし、同じく中国文化の絶大な影響を受けた韓国・ベトナムと異なり、政治的には中国の諸王朝や中国を征服した元の支配に入ったことは一度もなかった。平安期と江戸期に日本は外国との交流を絶ったが、この時期に日本独自の文化が顕著に熟成されたという特徴がある。
強大な中華帝国唐が盛んな時代には、貴族は中国文化を模範とした天平文化を築き、留学生が学んできた先進文化が政策上の規範になった。
遣唐使が中止された後は「国風文化」が興ったが、この時期までの文化の中心は貴族と寺院であった。平安末期の平氏政権期から鎌倉時代にかけて日宋貿易が行われ、新しい仏教とともに精進料理や文人画などの中国文化が流れ込んだ。その後の日本の伝統文化にもこの時期に宋から取り入れられた文物の流れをくむものが多い。鎌倉時代には関東を中心にした武士の文化が京都の王朝文化と並び立つものとして勃興する。
室町時代には日明貿易によって引き続き中国文化が持ち込まれ、この時期に輸入された織物や陶器、書画などは、現代に残る伝統工芸品の技術に流れ込んでいる。室町時代から安土桃山時代には、戦国大名により各地に地方色豊かな文化が生まれた。
江戸時代、鎖国の世にも長崎を通じて中国との交流は続き、儒学者などの間には中国崇拝の風潮が強く残っていた。一方では日本の独自性への自覚から伝統への回帰として国学などの学問も興った。また、江戸時代は江戸・京都・大坂の3大都市を中心に町人の文化が栄えた時期である。
その後、近代日本の文化は、明治維新と連合国占領時代の2度、大転換期を迎えた。われわれ現在の日本人がイメージする伝統的文化にも明治以降に生まれたもの(例:神前結婚)や俗に言う外国文化であるもの(例:“コウノトリが赤ちゃんを運ぶ”という伝説。これはヨーロッパの民話であるが、日本でも地域的に定着している)も多い。「明治維新以降-第二次世界大戦降伏まで」の時代には、帝国主義国が植民地争奪を繰り広げる国際環境の中、西洋の圧倒的な文明と先進文化を前に日本のアイデンティティをどう捉えるかが課題であった。
日本を強国にするため積極的に西洋の文物を取り入れようとする動き(脱亜思想)と、独立のために伝統を強調しようとする動き(国粋主義)の両者が存在し、時には極端な西洋崇拝になったり、逆に外国を排斥するようになったりもした。第二次世界大戦後は、差し迫った危機感が去った(薄れた)ものの、両者の動きは続いていると見られる。
日本文化論
日本文化、あるいは日本人を特徴づけると考えられる概念を中心にした日本文化論・日本人論も多く提唱されている。
外国から見た日本
日本文化がヨーロッパでまず注目されたのは浮世絵などの美術品であった。その後、非ヨーロッパ国として初めて近代化に成功し、日清・日露戦争に勝利した日本に対して世界的な関心も高まった。外国からイメージされた「日本」の文化は、特に欧米圏では、キリスト教文化とは全く系統の異なる文化への好奇心(エキゾチズム)から、ある一面が誇張され、あるいは中国などと混同され、ステロタイプ(ステレオタイプ、紋切り型)化されて伝わる傾向があり、日本人から見れば「偏った認識」と思われるものが多く見受けられた(現在でも、日本に「ニンジャ」がいないので驚いたという外国人旅行者は少なからずいる)。
しかし近年では、日本製品やコンテンツ、TVゲーム、アニメやマンガ、J-POPなどが海外で注目され、今までとは違った「日本」のイメージを持つ者も増えてきている。ハリウッド映画にも、本気で日本を描こうとする作品が作られたり、日本映画をリメイクしたり、日本人監督を起用するなどの動きが見られる。
ジャポニズム - 19世紀末、浮世絵・琳派などの日本美術が印象派やアール・ヌーボーに影響を与えた。
フジヤマ、テンプラ、ゲイシャ、スシ、ニンジャ、サムライ、武士道、禅 - 明治期の開国で訪日した人の報告・訪欧した人の主張や、日清・日露戦争に勝利した日本を見て広まった印象・把握。
日本食 - 回転寿司、醤油、豆腐、すき焼き、照り焼きなど。海外で知られる日本食は日本のそれとは別物である場合もある。
エコノミック・アニマル、ジャパン・インコーポレイテッド - 高度経済成長期からバブル期の日本人の経済活動を揶揄した言葉。(揶揄ではないとの意見もある。『「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史』多賀敏行著))
TVゲーム - マリオ、ゼルダの伝説、ソニック・ザ・ヘッジホッグ、ファイナルファンタジーなどが爆発的人気となる。
アニメ、カラオケ、オタク、やおい、腐女子 - 昭和から平成期の日本が外へ発信した。
日本映画 - 黒澤明、小津安二郎、北野武らの作品が海外で高く評価された。
ヴィジュアル系、テクノポップ、ジャパニーズ・ハードコア
J-POP - 1990年代、アジアを中心に、世界に影響を与えた。
ファッション - コム・デ・ギャルソン、ヨウジ・ヤマモトなどのブランド。裏原宿系、ロリータ・ファッション、ギャル・ファッションなどの日本独自のムーブメント。
可愛い - いい印象、好ましいイメージ、目指したい姿像を表す言葉・概念「カワイイ」が、2005年頃、海外に広がりを見せる(他の国の例では、たとえばアメリカの同様の言葉・概念に「cool」がある)。
もったいない - 複数の意味を現した外国語にない日本語の一つ。環境保護活動家ワンガリ・マータイが感銘して世界にMOTTAINAI運動を広める。
民話・伝承・昔話
日本各地に様々な言い伝えや民話・昔話などが伝わっている。
都市伝説・噂
学校の怪談
迷信